やまとの文学ノオト

少し気になった事や感動した事、なんでもありの雑記帳です。 とても私的で、そして少しだけ詩的な時間をお付き合い下さい。

2015年07月

所要で明石まで出かけた。
いつもは車だが、余る時間も楽しめるかと電車で移動してみた。
そう思っただけで明石が旅行の目的地のように思え、小旅行の気分である。

JR三宮の改札口をくぐる。
もう久しぶりの電車の香りが漂う。

子供の頃から、エアコンの効いた特急電車の匂いがとても好きである。
冬の寒い朝、ヒーターあたりから漂うあの香りもなかなかのものであるが。
最近そんな事は考える時間がなかったな、と走り始めた快速電車の窓の外を見ながら思う。
いや本当は時間はあったのだろうが、気持ちの余裕がなかったのかもしれない。
だからこうして無為に見える今も、きっと自分らしさを取り戻す貴重な時なのだろう。

左手に林立するオフィスビルにさえぎられて神戸港は見えない。
右手は緑があふれるばかりの山並みが続く。

車輪をきしませながら、快速電車は神戸駅を出発した。
夏の太陽はもうジリジリと焼け付くばかりの熱を伝えている。
コンクリートのビルと高速道路の橋脚はそれを反射すらしない。
涼しい車内に居てもじっとり汗がにじむような景色である。

唐突に海が見えた。
青い海。広い海。静かな海。
今日の私にはただただ優しい海。
このままあの海に飛び込んでしまおうか、そんな衝動に駆られ須磨駅で電車を下りた。

ホームから見た須磨は、車窓とは打って変わってたくさんの家族連れやカップルの嬌声にあふれていた。
浮き輪やカラフルな水着の派手な色は、まるでコンクリートに染み入る日差しのように見えた。
一刻も早く立ち去らなきゃ、タイミングよく着いた普通電車にあわてて飛び乗る。

ここからはもう目的地も近いから、席には座らない。
朝の通勤時間はとうに過ぎ、車内は案外静かである。

ふと反対側の扉の横でタブレット端末を使って仕事に励む男性に気付く。
あの人もきっと電車の匂いの違いには気付かないのだろうな。
そんな事を思いながら車掌の明石の声を待った。
 

ブログネタ
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暑気払いに何を食べますか?

これはもう素麺しかないでしょうね。
食欲のない夏はやっぱり麺類。 
麺好きの私は夏は毎日素麺と冷やしうどんでOK。

でもね、飽きませんか?素麺。
さっぱりしているのに不思議です。
特に具のない素麺つゆだけの時、飽きるのが早いみたいです。

そこでおすすめ、魚の煮汁で食べる素麺。
これ美味しいですよ。お勧めです。
私の生まれた九州天草では普通に食べるため、最近まで他の地方の人も皆食べるものと思っていましたが、テレビのナントカ県民ショーで放映されていたのを見て驚きました。
「天草地方の人は魚の煮汁で素麺を食べる!」なんてとりあげられていて、逆に驚きでした。
おお、煮汁の素麺はマイナーだったんだ!
でも美味しければいいのですよね。

作り方は至って簡単。
1.煮魚を作った時の煮汁を素麺にかける。煮汁は温かい方が美味しい。
2.その上に大き目の青ねぎをたっぷりかける。
3.すりおろした生姜を多めにのせる。
これだけ。とにかく簡単で美味しい!

煮汁についてもう少し詳しく書くと・・・
魚初心者の方は白身魚の煮汁をお勧めします。
これは旨みと甘味がたまりません。
でもでも、慣れると背の青い魚でも美味しい。いや、むしろその方が美味しい。
さらに味は複雑になります。美味しい魚臭さがいい。

煮汁は少し煮立たせて濃い目にした方が美味しいと思います。
私の田舎あたりでは真っ黒で少しとろみがあるのです。
九州独特の醤油のおかげかも知れませんが。
魚を煮たときに密閉容器に入れて冷凍保管しておけば重宝しますね。

とにかく美味しいです。臭くないですよ。
ぜひお試し下さい。
母なる天草の海の恵みを無駄にしない漁師町の庶民の味です。


ふるさと天草についてほんの少し・・・。

今見える天草の海も山も、来る者を拒まない優しさを見せてくれています。
この地でほんの数百年前に天草の乱が起こりました。
純粋な信仰の行き着いた先の事、純真であり悲しい結末を迎えたようです。
歴史も文学も、天草にはその足跡が今も数多く残っています。

天草の島のあいだの夕焼けは 舟もその身も染めて人釣る (与謝野寛)
天草の松島ここに浮かぶなり 西海のいろむらさきにして     (与謝野晶子)







 

そう思うのは私だけでしょうか。
秋空を高いと言い表しますが、夏の空は大きいような気がします。
雲の雄大さも風の吹く道も、空の下の地面の全部までもが他の季節より大きいみたい。
これはもしかしたら、他の季節より空を見る機会が多いからなのかも知れません。
春は道路脇の花を秋は遠くの山を、そして冬はただ足もとだけを見て歩くイメージです。

子供の頃、夏はとにかく楽しいものでした。
昆虫採集や魚釣り、まさに野に山に駆け回ったのが私の幼少期の夏の思い出です。
見上げた空はどこまでも続く青色。

夏はまた命を再認識する時でもありました。
蝉の一生を知り幼虫から羽化した蝶は死ぬ。
夏の風物詩の怪談も、お盆に開く地獄の釜の蓋も、命を感じさせる事ばかり。
梅雨明けの頃はまぶしいばかりだった青空が、お盆が近付くにつれて少し紺色が混ざったように見える、そんな事も感じたりしていました。

とにかく空ばかり見てたような気がします。
そうして今も空ばかり見て色々な事を思います。

空を見ながら考える事がたくさんあるから、もしかしたらそのせいで空自体を広く感じてしまうのかも知れないです。


寂しい茜と 
辛い鉛と 
やり切れぬ灰を混ぜると
空の青になる

砕け散る白波と
波頭を吹き抜ける風と
全てを引き込むうねりの深緑を混ぜると
海の青になる

激しい泥水と
木の根を裂く岩と
枯れ落ちた幾層もの葉を混ぜると
山の青になる

なにか一つ欠けても青色にはならない
なにかが多すぎても青色にはならない






 

やまとです。
今回も文学というよりも歴史の話になりますが、ご勘弁下さい。

前回の続き、世界の東、日出ずる国の伝統行事の祇園祭の山鉾に、なぜ古代シルクロードの西端の文物が描かれているのか。
なかなか浪漫を掻き立てられますね。
と言う事で私なりにいろいろ調べてみました。
結論からお伝えしますと・・・。

『祇園祭は、古代イスラエルのシオン祭りがルーツであるとも言われている。
シオン祭りは祇園祭りと同様、疫病を払う事を目的としたもので、例年7月1日から1ケ月間行われる。
クライマックスは7月17日に迎える。この日は旧約聖書でノアの箱舟がアララト山頂に流れ着いた日。』
この類似点は、前の山鉾連合会会長深田茂氏が
「祇園祭の起源と経過と結果はイスラエルのシオン祭と同じである」と発言されている所であります。

旧約聖書でノアの箱舟が流れ着いたとされるのは7月17日であるとお書きしましたね。
祇園祭りのまさにクライマックスの日。
それでは流れ着いた場所は?

これも旧約聖書によればアララト山。
アララト山はそれではどのあたりにあるのでしょうか。
それは・・・。
現在の西アジア、アルメニアという国のタガーマ州ハランという地方です。

おお、タガーマハラン・・・。
日本の神話を思い出すのは私だけではないですよね。

と言う事で今後色々調べてみる事にします。
カゴメの歌の意味や君が代の古代ヘブライ語等々、他にも非常に興味をそそるものもあります。
しかもこれは歴史であると共に文学。 







 

今日は大阪の天神祭りの本宮、船渡御の日。
水面に映える花火は圧巻、関西の夏を代表する祭りのクライマックスにふさわしいものですね。
天神祭りは天満宮創祀の2年後の平安時代後期の天暦5年(西暦949年)、大川に神鉾を流した神事に由来するとのことですから、もう1000年をゆうに越える、世界的にも稀な非常に歴史のある祭りです。

さて関西の祭りでもう一つ欠かせないものが京都の祇園祭りです。
東京の神田、先述の大阪の天神とならび日本三大祭りと言われ、これも京都の夏を彩る山鉾の美しさには目を見張るものがあります。 
これは天神祭りよりおよそ1週間程前、7月17日に山鉾巡・前祭りが行われクライマックスを迎えます。
これはテレビでご覧になられた方も多いのではないでしょうか。


さてその祇園祭りについてなのですが。
みなさん、祇園祭りの山鉾はご存知の事と思いますが、それではその胴部分に飾られた織物を意識して見られたことはありますか?

YAHOOの画像検索で「祇園山鉾 ラクダ ピラミッド」と検索すると・・・。
驚きの画像が並びます。
ラクダ、ピラミッドや砂漠その他どう見てもイラクやエジプト、アラビア風のものばかり。
中にはギリシャ神話のトロイの戦いをモチーフにしたものも見受けられます。

・・・違和感ありませんか?私には違和感だらけ。
どうして中近東?どうして小アジア?

祇園祭りは貞観11年(西暦869年)、当時祇園社と呼ばれた八坂神社で疫病退散のため行われたのが始まりとされていますから、こちらは天神祭よりさらに古いものとなっています。
およそ1100年も前から受け継がれる祭りのクライマックスの時、なぜ中近東が関わるの?


そんな素朴な疑問につき動かされ、いろいろ調べてみました。
NET中心ですから、偏った知識や誤った意見もあるかも知れませんが、驚くことばかり。
次回以降、そのあたりについて触れてみましょう。
ごめんなさい、やまとの個人的な興味にお付き合い下さいね。













 

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